説話徹底解説ブログ

「話の内容が分からないから古文はつまらない」そう思って投げだした経験はありませんか? 当ブログではそのような方のために説話の内容を簡単に、かつ明確に解説していきます。日本の原点である当時の説話文学を読んで、古典の世界に浸かってみませんか?

日本霊異記 序

本日からは 日本霊異記 を紹介していきたいと思います。

 

日本霊異記』は日本最古の仏教説話集です。南都薬師寺の景戒(けいかい・きょうかい)によって著わされました。

 

上・中・下巻に分かれておりボリューム満点の内容となっています。

 

今回紹介するのは上巻の「序」です。序はいわゆる前書きですね。

 

『霊異記』は上・中・下それぞれに序がありますが、上巻の序は『霊異記』全体の序ともいえるので、とっても大層な内容となっています(笑)

 

それでは内容を見ていきましょう。なお、表記の都合上読み仮名はカッコ付きです。

 

本文

第一段落

原夫(たづねみ)れば、内経・外書の日本に伝はりて興り始めし代には、凡そ二時有りき。皆、百済の国より浮べ来りき。軽嶋の豊明(とよあきら)の宮に宇(あめのした)御(をさ)めたまひし誉田の天皇(すめらみこと)のみ代に、外書来りき。磯城嶋(しきしま)の金刺(かなざし)の宮に宇(あめのした)御(をさ)めたまひし欽明天皇のみ代に、内典来りき。然れども乃ち外を学ぶる者(ひと)は、仏法を誹れり。内を読む者は、外典を軽みせり。愚痴の類(ともがら)は迷執を懐(うだ)き、罪福を信なりとせず。深智の儔(ともがら)は内外(ないげ)を覯(み)て、信(まこと)として因果を恐る。

 

第二段落

唯し、代々の天皇、或いは高き山の頂に登りて悲(あはれび)を起し、雨の漏れる殿に住みて、庶民(おほみたから)を撫でたまひき。或いは生れながらにして高弁に、兼ねて未事を委(し)り、一たびに十の訴を聞きて一言も漏したまはず。生年二十五にして天皇の請を受けて、大乗経を説きたまひき。造りたまへる経の疏(しょ)は長(とこしへ)に末の代に流(つた)はる。

 

第三段落

或いは弘誓(ぐぜい)の願を発し、敬みて仏像を造りたまふ。天は願ふ所に随ひ、地は宝蔵を敞(あら)はせり。亦、大僧等(たち)、徳は十地に侔(ひと)しく、道は二乗よりも超ぎたり。智の燭(ともしび)を秉(と)りて昏(くら)き岐(ちまた)を照らし、慈(うつくしび)の船を運びて溺るる類を済(すく)ひ、難行苦行の名は遠国(をんごく)にも流はれり。今時の深智の人、神功も亦測り罕(がた)し。

 

第四段落

是に諾楽の薬師寺の沙門景戒、熟(つらつら)世の人を瞰(み)るに、才好くして鄙(とひと)なる行(わざ)あり。利養を翹(くはた)て、財物を貪ること、磁石の鉄山を挙(こ)して、鉄を嘘(す)ふよりも過ぎたり。他(ひと)の分を欲(ねが)ひ己が物を惜むこと、流頭の粟の粒を粉(くだ)きて、以て糠を啖(は)むよりも甚だし。或いは寺の者を貪り、犢(うしのこ)に生れて債(もののかひ)を償ふ。或いは法僧を誹りて現身に災を被る。

 

第五段落

或いは道を殉(もと)め行を積みて、現に験を得たり。或いは深く信じて善を修め、以て生きながら祜(さいはひ)に霑(うる)ふ。善悪の報は、影の形に随ふが如し。苦楽の響は、谷の音(こゑ)に応ふるが如し。見聞きする者は、甫(ち)驚き怪しび、一卓の内を忘る。慚愧(ざんき)する者は、倐(たちまち)に悸(こころつご)きし惕(いた)み、起ち避る頃を忩(いそ)ぐ。善悪の状を呈すにあらずは、何を以てか、曲執を直して是非を定めむ。因果の報を示すにあらずは、何に由りてか、悪心を改めて善道を修めむ

 

第六段落

昔、漢地にして冥報記(みょうほうき)を造り、大唐国にして般若験記を作りき。何ぞ、唯し他国の伝録をのみ慎みて、自土の奇事を信じ恐りざらむや。粤(ここ)に起ちて自ら矚(み)るに、忍び寝むこと得ず。居て心に思ふに、黙然ること能はずして、故(かれ)、聊かに側(ほのか)に聞けることを注し、号(なづ)けて日本国現報善悪霊異記と曰ふ。上・中・下の参巻と作(な)し、以て季(すゑ)の葉に流ふ。

 

第七段落

然れども景戒性を稟(う)くること儒(さか)しくあらず、濁れる意澄そ難し。坎井(かんせい)の識、久しき太方に迷ふ。能功の雕(ゑ)れる所に、浅工(せんこう)にして刀を加ふ。恐り寒心すらくは、患(うれひ)を手を傷(そこな)ふに貽(いた)らむ。此れも亦昆(注:山遍)山の一つの磔(たびいし)なり。但し、口説すること詳(あきら)かならぬを以て、忘れ遺すこと多くあらむ。善を貪ふことの至りに昇へず、濫竽(らんう)の業を示さむことを慄る。後生の賢者、幸(むが)しくも塏(あざけ)り嗤ふことに勿れ。祈はくは奇記を覧(み)む者、邪を却(しりぞ)けて正に入れ。諸悪莫作、諸善奉行。

 

 

現代語訳・解説

難しいですね(笑)。解説していきましょう!

 

まずこの序は、内容で①~③、④~⑤、⑥~⑦の三つに分けることができます。

 

①~③では、漢の文化と仏教の伝来について書かれています。仏教説話集なので、そのルーツを述べることは至極当然といえるでしょう。「内経」は仏典のことで、「外書」はそれ以外の書物のことですね。この辺りについては、仏教の伝来についての歴史を参照すればよいかと思います。

 

④~⑤では、やっとこの書物の著者である「景戒」の名が登場します。④の「才好くして~」と⑤の「或いは~」が対比されています。卑しい行いをしている者と、仏道修行に励む者ですね。それらをよく観察してきた景戒は、「因果の報を示すにあらずは、何に由りてか、悪心を改めて善道を修めむ」と述べます。善い行い、悪い行いをすることでどのような結果になるかを示さなければ、悪心を改め善い道へ導くことができないのです。これが、説話を編んだ理由の部分になります。

 

⑥~⑦では、『日本国現報善悪霊異記』という言葉が登場します。『日本霊異記』のフルネームですね。これは唐の『冥報記』や『般若験記』が参考にされたと述べられています。この書物に対する謙遜が⑦で述べられ、最後に「この書物を読む人は、道に外れたことをせず、善行を行ってほしい」と願い序は締めくくられます。

 

 

まとめ

上巻序の主な内容は、

仏教の伝来

景戒の『霊異記』に対する想い

の二つと言えます。

 

いきなりとっても難しい文章でしたが、次回からは実際に説話になっていきますので理解も幾分かしやすくなるはずです。

 

それではまた次回お会いしましょう!