説話徹底解説ブログ

「話の内容が分からないから古文はつまらない」そう思って投げだした経験はありませんか? 当ブログではそのような方のために説話の内容を簡単に、かつ明確に解説していきます。日本の原点である当時の説話文学を読んで、古典の世界に浸かってみませんか?

日本霊異記 上巻 子の物を偸み用ゐ、牛と作りて役はれて異しき表を示しし縁 第十

こんにちは!文です。

 

日本霊異記上巻も、ついに第10話に突入しました。

上巻は全部で35話なので、約1/3まで書いてきましたね。

 

ぜひ過去の記事も読んでくださいね!

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それではさっそく解説していきましょう!

 

ayanohakotonoha.hatenablog.com

 ↑第九話はこちらから

 

 

本文

第一段落

大和国添上郡の山村の中の里に、昔椋の家長の公と云ふひと有りき。十二月に当りて、方広経に依りて先の罪を懺(く)いむと欲(ねが)ひき。使人に告げて云はく、「一はしらの禅師を請くべし」といふ。其の使人問ひて曰はく、「何等の師ぞ」といふ。答へて曰はく、「其の寺を択ばず。遇ふに随ひて請けよ」といふ。其の使願に随ひて路行く一りの僧を請け得て家に帰りき。家主心を住(とど)めて供養す。

 

第二段落

其の夜、礼経已に訖りて、僧の息はむとする時に、檀主設けて、被(ふすま)を以て覆ふ。僧即ち心に念はく、「明日物を得むよりは、被を取りて出づるに如かじ」とおもふ。時に声有りて言はく、「其の被を盗ること莫れ」といふ。僧大きに驚き疑ひて、顧みて家中を窺ひ人を覓むるに、唯し牛一かしらのみ有りて、家の倉の下に立てり。僧牛の辺に進むに、語りて言はく、「吾は此の家長の父なり。しかるに吾先の世に、人に与へむと欲ひしが為に、子に告げずして稲を十束取りき。所以に今、牛の身を受けて先の債(はたり)を償ふ。汝は是れ出家なり。何ぞ輙(たやす)く被を盗む。その事の虚実を欲はば、我固めに人の坐を設けよ。我当に上り居らむ。応に其の父と知るべし」といふ。

 

第三段落

是に僧即ち大きに愧ぢ、還りて宿処に止る。朝の事行(ことわざ)既に訖りて曰はく、「他人をして遠く却かしめよ」といふ。然して後に親族を召し集へて、具に先の事を陳べき。檀越即ち悲の心を起して、馬の辺に就きて藁を敷きて白して言はく、「実に吾が父ならば、此の座に就け」といふ。牛膝を屈めて座上に臥せり。諸の親声を出して大きに啼泣きて言はく、「実に吾が父なりけり」といふ。便ち起ちて礼拝して、牛に曰して言はく、「先の時に用ゐし所は、今は咸(みな)免し奉らむ」といふ。牛聞きて涙を流して大息す。即日申の時に命終せり。

 

第四段落

然る後に、覆ひし被と財物とを以て、其の師に施し、更に其の父の為に広く功徳を修めき。因果の理、豈信ならずあらむや。

 

 

現代語訳・解説

第一段落

大和国添上郡の山村の中の里に、昔椋の家長の公という人がいた。十二月になって、『大通方広経』によって前世での罪を悔い改めようと願った。彼は召使いに告げた。「一人の禅師を連れて来てくれ」と。その召使は尋ねた。「どこの禅師にしましょうか」と。家長の公は「寺は選ばない。運命に従って連れて来なさい」と答えた。召使いはその願い通り、道を歩いている一人の僧を招いて連れ帰った。家主は真心を込めてこの僧を頼み申した。

 

第二段落

その夜は法会もすでに終わり、僧が休もうとしたとき、主人は布団を僧にかけてやった。僧は心の中で「明日布施を貰うよりは、この布団を盗んで去ってしまった方がよいだろう」と思った。

その時声が聞こえた。「その布団を盗ってはいけないぞ」僧はとても驚き不思議に思って、振り返って家中を見やって人を探したが、ただ牛が一頭家の倉の下に立っていた。

僧は牛の近くに歩み寄った。牛は「私はこの家の家長の父である。私は前世に、他の人に与えようと我が子に告げずに稲を十束盗んだ。なので今、牛の身を受けて前世の罪を償っているのである。あなたは出世の身。どうして簡単に布団を盗ろうとするのだ。この話の真偽を知りたければ、私の為に座席を用意してくれ。必ずその席に座ってみせよう。すると私が本当にこの家の家長の父であるということがわかるだろう」と言った。

 

第三段落

僧は大いに恥ずかしく思い、部屋に帰って宿に泊まった。

次の日の朝、法要が終わってから「他の人をみな遠くにやってください」と僧は言った。その後親族だけを呼び集めて、詳しく昨夜の話を話した。主人は悲しんで牛の近くに行って、藁を敷いて申し上げた。「本当に私の父ならば、この座に座ってくれ」と。

すると牛は膝を屈めて座に座った。親族の者たちは皆声を出して泣き「本当に私たちの父なんだ」と言った。そしてみなは立って一礼し、牛に言った。「前世の時に盗んだ十束は、今は全てお許し申し上げます」と。牛はこれを聞いて涙を流し、大きく息をした。そしてその日の申の時に牛は命を終えた。

 

第四段落

その後、昨夜の掛布団や財物を僧に布施として与え、さらに父の為に功徳を修めた。因果の理をどうして信じないでいられようか、いや信じないわけにはいかない。

 

 

 

まとめ

いかがでしたか?

 

今回の主人公は僧と牛ですね。特に牛は、実は家長の公の父親だったということが自身の口から語られます。

 

彼はなんと前世に稲を十束盗んだことで報いを受け、現世で牛の身を受けたというのです。この時代、牛などは畜生といわれ人間より劣る存在として考えられていたようです。畜生に生まれ変わるというのは、悪行に対する悪報なのです。

 

このお話は第八話の、報いを得て両耳が聴こえなくなった者の話と被る所がありますね。

 

ayanohakotonoha.hatenablog.com

 

この話の第四段落では、「因果の理、豈信ならずあらむや」とあります。なので第十話の主題は、「前世の罪が現世に影響を与える」ということなのです。

 

 

また、家長たち親族は、牛の身でありながらも座に座った父をその人と認めて涙を流しました。そして前世の彼の罪を許したのです。

 

注目したいのは、牛の身であったときには親族が敬語を使っていないにも関わらず、父とわかったら敬語を使うようになることです。父に対する当時の敬意が見て取れます。

 

この辺りの家族の絆は、第九話に通じるところがありますね。

 

ayanohakotonoha.hatenablog.com

 

このように、説話集の配列にも作者の意図が見て取れます。配列に注目して説話集を読んでみると、新たな発見もあるかもしれませんね。

 

それではまた次回お会いしましょう。

 

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