日本霊異記 上巻 人・畜に履まれし髑髏の、救ひ収めらえて霊しき表を示して、現報に報いし縁 第十二
みなさんこんにちは!文です。
今回は髑髏のお話です。少し怖いですね。
本話は短いですが、色々と考察の余地がある説話であると思っています。私なりの考察はまとめに記していますので、ぜひ読んでいただければと思います。
ayanohakotonoha.hatenablog.com
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本文
第一段落
高麗の学生道登は、元興寺の沙門なりき。山背(やましろ)の恵満(ゑま)が家より出でき。往にし大化の二年の丙午に、宇治椅を営らむとして往来する時に、髑髏奈良山の溪(さは)に在りて、人・畜の為に履まる。法師之を悲しびて、従者(ともびと)万侶をして木の上に置かしめし。
第二段落
同じ年の十二月の晦(つきこもり)の夕に迄(いた)りて、人、寺門に来りて白さく、「道登大徳の従者万侶といふ者に遇はむと欲ふ」とまうす。万呂出でて遇ふ。其の人語りて曰はく、「大徳の慈(うつくしび)を蒙り、頃、平安の慶(よろこび)を得たり。然れども、今夜に非ずは恩に報いむに由无し」といふ。輙(すなは)ち、万呂を将(ゐ)て、其の家に至り、閉ぢたる屋よりして、屋の裏に入る。多く、飲食を設けたり。其の中の己が分の饌(よきくらひもの)を以て、万呂に与へ共に食ふ。その後夜にして男の声有り。万呂に告げて曰はく、「吾を殺せる兄来らむと欲ふが故に、早く去にね」といふ。万侶怪しびて問ふに、答ふらく、「昔、吾兄と行きて交易(あきなひ)しき。吾銀を四十斤許得たり。時に兄妬み忌み、吾を殺して銀を取りき。爾(それ)より以還(このかた)、多の年歳(とし)に、往来する人・畜、皆我が頭を踏みき。大徳慈を垂れたまひ、見に苦を離れしめたまふが故に、汝の恩を忘れず、今宵に報ずらくのみ」といふ。
第三段落
時に、その母と長子(あに)と、諸霊を拝せむが為に其の屋の内に入り、万侶を見て驚き畏り、其の到り来れる所以を問ふ。万侶是に前の事を説きき。母、長子を罵りて曰はく、「呼矣、我が愛しき子は汝の為に殺さる。他の賊には非ぬなりけり」といふ。万侶を礼せしめ、更に飲食を設く。万侶還り来りて、然るままに師に白す。夫れ、死霊・白骨すら尚猶し此くの如し。何に況や、生ける人、豈恩を忘れむや。
現代語訳
第一段落
高麗の学僧であった道登は、元興寺の僧であった。彼は山背の恵満の家の出身であった。さる大化二年に、宇治橋を作ろうと現場と寺を行き来した時に、髑髏が奈良山の谷間にあり、人や獣に踏まれていた。法師はこれを悲しんで、従者の万侶に髑髏を木の上に置かせた。
第二段落
同じ年の十二月の大晦日の夕方になって、人が寺の門にやってきて、「道登大徳の従者である万侶という方に会いたい」といった。万侶は出て会った。その人が語って言うことには、「道登大徳のご慈悲を頂き、このごろは心が安らかな毎日を送っている。しかし、今夜でなければその恩に報いることができないのだ」と言った。
その人は万侶を連れてある家に行って、門が閉じているのに中へ入っていった。そこには多くの供え物があった。彼はその自分への供え物を万侶に分けて一緒に食べた。
夜になって、男の声がした。万侶に告げて言うことには「わたしを殺した兄が来ると思うので早く帰ろう」と言った。万侶は不思議に思って尋ねると、彼はこういった。「わたしは昔、兄と商売をしに行った。わたしは銀を四十斤ほど手に入れた。すると兄は私を殺して銀を盗んだのだ。それよりこのかた、長い年月の間、人も獣も私の遺骨の頭を踏んでいった。そんな中大徳がご慈悲をかけてくださり、私の苦しみは解放されたので、あなたへの恩を忘れず、今宵恩返しをさせていただいたのだ」といった。
第三段落
その時、彼の母と兄が、先祖を拝むためにその部屋の中に入ってきて万侶の姿をみて驚いた。そして事のいきさつを万侶に尋ねた。彼はここまでに聞いたことを母と兄に説明した。母は兄を罵って「ああ、私の愛しい息子はお前にころされたのか。ほかの賊ではなかったのだ」といった。そして母は万侶に敬意を表し、ごちそうまで用意した。
万侶は帰ってきて、事のいきさつをあった通りに道登大徳に話した。死霊や骨ですらこのようなのだ。どうして人間が恩を忘れることがあるだろうか、いやそんなことは決してない。
「此くの如し」という言葉が最後に出てきました。この指示語が指している内容は何でしょうか。ここでいう死霊・白骨というのはもちろん、万侶が助けた髑髏のことです。彼は助けてくれた万侶に恩返しをしています。なのでここでは「恩を忘れずに返すこと」が指示内容であると考えることができます。そのあとの「豈恩を忘れむや」のところからも、この解釈は妥当だといえますね。
解説
本話は恩返しがテーマとなっていました。
道端で誰にも気づかれずに踏まれ続けていた髑髏を救った万侶(命じたのは道登)に対して、髑髏の生前の霊が恩返しをします。
今回のお話がおもしろいのは、髑髏の恩返しは万侶に対する恩返しでもあったが、母親に対する恩返しもあったのではないか、と考えられる点です。
「我が愛しき息子」という表現からも、母親は愛情を以て生前の髑髏に接していたと想像できます。
そして彼女は、髑髏の死の真相を知りません。
「賊」という言葉からも、どこかの犯罪に巻き込まれたと思い込んでいたのでしょう。
おそらく犯人である兄に、あることないこと吹き込まれたのだと思われます。
そんな母親に、髑髏は万侶の「生きている」という力を借りて真相を告げます。
これによって母親は真実を知ることに。
その後万侶が饗応を受けているところからも、母親が「真相を知ることができたこと」を喜び、万侶に感謝していることがわかりますね。
髑髏側の後日談は描かれていませんが、おそらく母親は犯人である兄を勘当なりして罰を与えたと考えられるでしょう。
そう考えると、真相を伝えるということは、髑髏にとって母親への恩返しに値すると思われるのです。
ここ直近の数話は特に「現報」というキーワードが重視されていますが、それと同じくらい「家族の縁」というものもフォーカスを当てられています。
この十二話に「現報」だけでなく「家族の縁」というキーワードを見出すことは、本話の収録位置的にも妥当であると考えています。
これはあまり注釈書には載っていない独自の解釈なので、御意見等ありましたらコメント欄におねがいします!
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