説話徹底解説ブログ

「話の内容が分からないから古文はつまらない」そう思って投げだした経験はありませんか? 当ブログではそのような方のために説話の内容を簡単に、かつ明確に解説していきます。日本の原点である当時の説話文学を読んで、古典の世界に浸かってみませんか?

日本霊異記 上巻 兵災に遭ひて、観音菩薩の像を信敬したてまつり、現報を得し縁 第十七

こんにちは、文です!

 

前回のお話は、現世での悪行が現世の間に報いとして現れるというお話でした。

今回はいったいどのようなお話でしょうか?

 

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本文

第一段落

伊予国越知郡の大領の先祖、越智直、当に百済を救はむが為に、遣はされて到り運(めぐ)りし時に、唐の兵に偪(やぶ)られ、其の唐国に至りき。我が八人同じく洲に住む。○として観音菩薩の像を得て、信敬し尊重したてまつる。八人心を同じくして、竊に松の木を截りて以て一舟を為る。其の像を請け奉りて、舟の上に安置し、各誓願を立てて、 彼の観音を念じたてまつる。爰に西風に随ひて、直ちに筑紫に来れり。

 

第二段落

朝庭(みかど)之を聞きて召して、事の状を問ひたまふ。天皇、忽に矜(あはれ)びて、楽(ねが)ふ所を申さしめたまふ。是に越智直言さく、「郡を立てて仕へまつらむ」とまうす。天皇許可(ゆる)したまふ。然る後に郡を建て寺を造りて、即ち其の像を置けり。時より今の世に迄るま で、子孫相続ぎて帰敬したてまつる。

 

第三段落 

蓋し是れ観音のカにして、信心之を至せるならむ。丁蘭の木母すら猶し生ける相(すがた)を現じ、僧の感ずる画女すら尚し哀形に応へき。何にか況や是の菩薩にして応へたまはざらむや。

 

 

 

現代語訳

第一段落

伊予国越智郡の大領の先祖である越智直は、百済を救うために派遣された。各地を巡っていたときに、唐国の兵に敗れて唐にたどり着いた。我等が日本人が八人、同じ島に住む。

仲間同士で観音菩薩の像を手に入れて、これを信仰しあがめ奉っていた。八人は心を同じくして、隠れて松の木を伐って一つの舟を造った。その像を船の上に安置し、それぞれ誓願を立てて国に帰れるように願った。

すると西風が吹いてきて、これに乗ってすぐに筑紫国に来たのだった。

 

第二段落

朝廷はこれを聞いて、事情をお尋ねになった。天皇は哀れに思って、越智直等八人に、望むところを申すようにおっしゃった。そこで越智直がいうことには、「郡を造ってそこに蔵を安置し、仕えたいと思います」と申し上げた。天皇はそれを許可しなさった。

その後に軍を新たに設けて寺を造り、そこに八人を救ってくれた像を置いた。その時から今に至るまで、越智直の子孫は相次ぐこととなり、この像を信仰している。

 

第三段落

思うにこれは観音の力によるものであり、信仰心がこれらの奇跡を達成させたものなのであろう。丁蘭の木母すら生きているような姿を示し、僧が心を寄せた絵の中の女すら哀しい訴えに応えた。ましてや観音菩薩は、どうして応えないことがあろうか、いや決してそんなことはない。

 

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

 

今回は、捕虜として連れていかれた越智直たちが、手に入れた観音菩薩像を信仰し続けたことで日本に帰ることができたというお話でした。

 

そしてその越智直は新しく作られた郡に観音菩薩を安置し、子孫も含めて永く繁栄しました。

 

これも全て観音菩薩の感応なのですね。

 

この話から、仏教を信仰することの利益を説いています。仏教説話集らしいお話でした。

 

ちなみにですが、「丁蘭の木母」というのは『孝子伝』にあるお話です。

丁蘭と言う人が亡き母の木像を造って仕えており、妻が誤って傷つけると本当に肌から血が出てしまったという話です。

 

今昔物語集』にこの話が収録されています(巻第九)。

 

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日本霊異記 上巻 慈びの心无くして、生ける兎の皮を剝りて、現に悪報を得し縁 第十六

こんにちは!文です。

 

今日のお話はとっても短いです。一瞬で読み終わると思います(笑)

 

ここ数話の方向性と一致している話か、注目して読んでいきましょう。

 

なお、少しグロい表現が出てきますのでご注意ください。

 

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本文

大和国に一の壮夫有りき。郷里と姓名と詳かならず。天骨(うまれながら)に仁(うつくしび)せず、生命を殺すことを喜ぶ。其の人、兎を捕へ皮を剥りて、之を野に放てり。然る後に、久しからぬ頃に、毒(あ)しき瘡身に遍はねり、肥(こま)やかなる膚も○れ敗れぬ。苦しび病むこと比无し。終に愈ゆること得ず。叫び号びて死にき。嗚呼、現報甚だ近し。己を恕(はか)りて仁あるべし。慈悲无くはあらざれ。苦しび病むこと甚だ近し。己を怒りて仁あるべし。

 

 

現代語訳

大和の国に、一人の男がいた。出身と姓名は明らかになっていない。この男はうまれながらに仁義の心はなく、喜んで生き物を殺していた。

その人はある時、兎を捕まえて皮をはぎ、これを野に放った。その後それほど経たないうちに、悪性のできものが体いっぱいに広がった。よく超えた皮膚もただれてしまった。

男が苦しむこと限りなかった。そしてついに治ることはなかった。男は叫びながら死んだ。

ああ、報いは甚だ身近にあるものなのだ。自分を思いやる心と同じ気持ちで他人に対しても思いやりをかけるべきだ。慈悲の心がないというのはいけない。

 

 

まとめ

男は兎の皮を剥いで野に放ちます。つまり生きている兎をそのまま剥いだということです。

 

グロいことをしますね。

 

しかしもちろんそれは報いとなって自分に帰ってきます。結果男は苦しみながら死を迎えることとなりました。

 

今回も、現世での行いの報いが現世で表れています。

 

現報甚だ近し」というのは、「現世での行いの報いは近いうちに現われるのだな」ということを示しているのです。

 

ここ数話の流れから見ても、無理のない配列だといえますね。

 

それではまた次回お会いしましょう!

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日本霊異記 上巻 悪人の乞食の僧を逼して、現に悪報を得し縁 第十五

こんにちは!文です。

 

第十三話から、少しだけ話の流れの方向性が変わってきていますね。

現世の行いが現世で報いとして現れる、という方向性です。

 

今回の話はどうでしょうか?

 

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本文

第一段落

昔、故の京の時に、一の男人有りき。因果を信とせず。僧の乞食するを見て、忿(いか)りて撃たむと欲ふ。時に僧、田の水に走り入る。追ひて之を執ふ。僧、忍ぶること得ずして、以て之を咒縛(じゆばく)せり。愚人顚沛(たふ)れ、東西に狂ひ走る。僧即ち遠く去れり。眄瞻(かへりみ)ること得ず。

 

第二段落

其の人に二の子有り。父の縛(ゆはひ)を解かむことを欲ひ、便ち僧房に詣(いた)りて、禅師を勧請す。師、其の状を問ひ知りて、行き肯(かへ)にす。二の子懃(ねもころに重ねて拝み敬ひ、父の厄を救はむことを請ふ。其の師、乃ち徐(やや)く行き、観音品の初めの段を誦じ竟(をは)れば、即ち解脱すること得つ。然る後に乃ち信心を発し、邪を廻らし正に入りき。

 

 

 

現代語訳

第一段落

昔、もとの都の時(平城京以前)に、一人の男がいた。因果の理を信じていなかった。彼は、僧が乞食となって修行をしているのをみて、腹が立って殴ろうとした。すると僧は、田んぼの中に走って入った。すると男はこの僧を追って捕まえた。僧は我慢できず、男を呪文によって縛り上げてしまった。この愚か者はひっくり返ってしまい、あちこち狂ったように走り回った。僧はすぐに遠くに去ってしまった。誰も男の世話をすることができなかった。

 

第二段落

その愚か者には二人の子供がいた。父の呪縛を解こうと思い、すぐに僧の住処に向かって、禅師に頼み込んだ。禅師は事の様を尋ねて理解し、行くことをことわった。二人の子供たちは心を込めてお願いし、父の災厄を救うことを頼んだ。その禅師はようやく腰をあげ、『妙法蓮華経』の初めの段を唱えると、すぐに男は囚われから逃れた。その後男は信心を起こし、邪な心を一転させて正しい道に入った。

 

 

 

解説

いかがでしたでしょうか。

 

今回は、僧に悪事を働いた男が悪報を受けるという話でした。

そしてその男を救おうとしたのは、なんとその男の子供たち。

 

話の流れとしては、神聖な存在である僧を迫害すると悪い報いを得る、ということを言いたいことは明白です。

 

しかし、子どもの存在についても注目するべきであると思っています。

 

当サイトでは、

 

ayanohakotonoha.hatenablog.com

 

この記事で解説したように、日本霊異記には

 

「行いの縁」と「家族の縁」

 

の2つのテーマがあると考えています。

 

今回の話にも、その2つのテーマが根底に流れているということを読み取りましょう。

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日本霊異記 上巻 僧の心経を憶持し、現報を得て奇しき事を示しし縁 第十四

どうもこんにちは!文です。

 

前回は現世の行いが現世のうちに報いとなって表れる、という趣旨のお話でした。

 

今回のお話はどのような趣旨があるのか注目しながら読んでみましょう。

 

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本文

第一段落

釈義覚は本百済の人なりき。其の国破れし時に、後の岡本の宮に宇御めたまひし天皇のみ代に当りて、我が聖朝(みかど)に入り、難破の百済寺に住りき。法師は身の長七尺ありて、広く仏教を学び、心般若経を念誦せり。

 

第二段落

時に同じ寺の僧慧義といふひと有りき。独り夜半を以て出で行く。因りて室の中を見るに、光明照り耀く。僧乃ち之を怪しびて、竊(ひそか)に牖(まど)の紙を穿ち窺ひ看るに、法師端坐して経を誦せり。光、口より出づ。僧、驚き悚ぢ、明くる日に悔過(けくわ)して周く大衆に告げき。

 

第三段落

特に覚法師、弟子に語りて言はく、「一夕、心経を一百遍ばかり誦じき。然る後に目を開けて観れば、其の室の裏の四壁、穿(う)げ通り、庭の中顕に見えたり。吾是に希有の想を生じ、室より出でて院内を廻(めぐ)り○(み)て、還り来りて室を見れば、壁と戸と皆閉ぢたり。即ち外にして後に心経を誦ずれば、前の如くに開け通れり」といへり。即ち是れ心波若経の不思議なり。

 

第四段落

賛に曰はく、「大きなるかな、釈子。多聞のして教を弘め、閉居して経を誦す。心廓(ほがら)かに融(かよ)ひ達(いた)る。現ずる所玄寂(げんじやく)なり。焉(いづく)にぞ動揺を為さむ。室壁開き通り、光明顕れ耀く」といふ。

 

 

 

現代語訳

第一段落

僧の義覚は元々百済の国の人だった。その国が滅亡した時は斉明天皇の時代にあたる。彼はその時に朝廷に入ってきて、難波国の百済寺に住んだ。法師は身長が七尺あり、広く仏教を学んで、般若心経を念誦していた。

 

 *岡本の宮に宇御めたまひし天皇斉明天皇

 

第二段落

ある時、同じ寺の僧に慧義という人がいた。彼は一人夜中に寺を出ていく。すると義覚の部屋をみると光輝いていた。慧義は不思議に思ってこっそりと窓の紙に穴をあけて中を見ると、義覚は正座をして経典を誦していた。光は、義覚の口から出ていた。僧は驚き怖じ気付き、明くる日に他人の部屋を覗き見したことを後悔し、広く大衆に昨日見たことを告げた。

 

第三段落

すると義覚は弟子にこう語った。

「私は毎晩、般若心経を百遍ほど唱えた。その後目を開けて見てみると、その部屋の裏の四つの壁が抜け通っており、庭のなかははっきりと見えた。私は不思議だと思って部屋から出て、寺院の境内を一周し、帰ってきて部屋を見ると壁も戸もみな元通りになって閉じていた。そこで外に出て心経を唱えると、先ほどの通りに壁が抜け通って庭を見通すことができた」

これは般若心経の不思議な霊験である。

 

第四段落

賛にはこのようにある。

「偉大であるなあ、義覚は。多く勉強して外では経を教化し、また部屋にこもって般若心経を唱えた。心が開いて自由に突き抜けて部屋を往来することができた。また、いつもは物静かである。部屋の壁は開け通り、光が現れ輝いた」という。

 

 

 

解説

少しこれまでの説話とは趣が違いましたね。

 

今回も十三話と同じく、現世の行ない(般若心経を読み続けること)で現報を受ける(不思議な力を得る)という話です。

 

慈覚法師は体から光を放っていました。これは、仏と同じような境地に至っているということがわかります。

 

光を放つ=仏の境地

 

このような説話は他にもありますのでよく覚えておきましょう!

 

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日本霊異記 上巻 女人の風声なる行を好みて仙草を食ひ、現身を以て天を飛びし縁 第十三

みなさんこんにちは!文です。

 

今回読んでいくのは、日本霊異記上巻において、初めて女性に焦点を当てた説話です。思い返してみれば、女性が主人公の説話はまだ出て来ていませんでしたね。

 

 

ayanohakotonoha.hatenablog.com

 ↑前回のお話はこちらから!

 

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本文

第一段落

倭国宇太郡漆部の里に、風流なる女有りき。是れ即ち彼の部内の漆部の造麿が妾(をむなめ)なりき。天年に、風声に行を為し、自悟(ひととなり)、塩醤(まさなること)を心に存せり。七たりの子産れ生ふ。極めて窮(せま)りて食无く、子を養(ひだ)さむに便无し。衣无くして藤を綴る。日々に沐浴して身を潔め、綴れを著(き)たり。野に臨む毎に、草を採るを事とす。

 

第二段落

常には家に住りて家を浄むるを心とす。菜を採りては調へ盛り、子を唱(よ)び端坐して、咲(ゑみ)を含み馴れ言ひ、敬を到して食ふ。常に是の行を以て身心の業とせり。彼の気調恰も天上の客の如し。

 

第三段落

是に難破の長柄の豊前の宮の時の甲寅の年に、其の風流なる事、神仙に感応し、春の野に菜を採みしときに、仙草を食ひて天を飛びき。

 

第四段落

誠に知る、仏法を修せずとも風流なるを好めば、仙薬の感応することを。精進女問経に云へるが如し。「俗家に居住すとも、心を端(ただ)しくし、庭を掃(はら)へば、五功徳を得む」と者へるは、其れ斯れを謂ふなり。

 

 

 

現代語訳

第一段落

倭国の宇太郡の漆部の里に、高潔なふるまいをする一人の女がいた。彼女は同じ漆部の造麿の妾であった。彼女は生まれた時から高潔で、料理などにも心をかけていた。そして彼女は七人の子供を産み育てた。家はとても貧乏で食べるものも無く、子どもを育てようにもどうしようもなかった。また着るものも無く、藤の木を織って服を作っていた。そして毎日水浴びをして身を清め、着物を身に付けていた。野に行くごとに野草を採って帰ることも習慣としていた。

 

第二段落

彼女は、ふだん家にいる時には、家をきれいにすることを大切にしていた。野草を採っては調理して盛り付け、子どもたちを呼んで座らせて、笑みを浮かべて仲睦まじく会話をし、食物に感謝をしながら食べた。彼女はつねにこのような行動を心にかけ、普段の習慣としていた。その姿はまるで、天上の者のようであった。

 

第三段落

さて、孝徳天皇の甲寅の時代に、彼女の其の高潔な姿振舞いが神仙に通じたのであろう、春に野原に行って野草を採っている際、仙草を食べて天に登っていった。

 

第四段落

仏法を修めることは無くても、高潔なふるまいを徹底していれば仙草がこれに感応するということがよくわかる話である。『精進女問経』によると、「俗の家に住んでいても、正しい心を持ち、庭を掃けば五功徳を得られる」のである。これは、このようなことをいうのである。

 

其れ斯れを謂ふなり」まとめでの指示語は、もう恒例になってきましたね。この場合は、たとえ生まれがどこであろうと正しい心を持ち続けて行ないをしていれば五功徳を得ることができる、という直前の【例示】と同じ部分を探せばいい訳です。

本話の場合は、主人公である女性のエピソードがまさしくそれです。したがって、「この女性の話のようなこと」というように簡単に解釈すればよいでしょう。

ちなみに五功徳と言うのは、往生後に受けることのできる五つの福徳のことです。興味のある方は内容も調べてみてください(ここで扱うには重めのテーマなので……)。

 

 

まとめ

どんなときでも常に高潔なふるまいをする女性のお話でした。

 

彼女は貧しいながらも、清らかな心を持ち続けることは忘れず、常に「善い」心がけをしていたところ感応があり、仙人となっていきました。

いきなり仙人になる、という描写が古文っぽさを演出していますね。

 

本話はここ数話で主流だった、前世からの「現報」というところから一歩外れて、現世での行いが現世で結ばれるというお話でした。

 

この話を境に、だんだんと収録されている説話の様相も変わっていきますよ。

 

それではまた次回お会いしましょう。

 

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日本霊異記 上巻 人・畜に履まれし髑髏の、救ひ収めらえて霊しき表を示して、現報に報いし縁 第十二

みなさんこんにちは!文です。

 

今回は髑髏のお話です。少し怖いですね。

 

本話は短いですが、色々と考察の余地がある説話であると思っています。私なりの考察はまとめに記していますので、ぜひ読んでいただければと思います。

 

 

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 ↑前回のお話はこちらから

 

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本文

第一段落

高麗の学生道登は、元興寺の沙門なりき。山背(やましろ)の恵満(ゑま)が家より出でき。往にし大化の二年の丙午に、宇治椅を営らむとして往来する時に、髑髏奈良山の溪(さは)に在りて、人・畜の為に履まる。法師之を悲しびて、従者(ともびと)万侶をして木の上に置かしめし。

 

第二段落

同じ年の十二月の晦(つきこもり)の夕に迄(いた)りて、人、寺門に来りて白さく、「道登大徳の従者万侶といふ者に遇はむと欲ふ」とまうす。万呂出でて遇ふ。其の人語りて曰はく、「大徳の慈(うつくしび)を蒙り、頃、平安の慶(よろこび)を得たり。然れども、今夜に非ずは恩に報いむに由无し」といふ。輙(すなは)ち、万呂を将(ゐ)て、其の家に至り、閉ぢたる屋よりして、屋の裏に入る。多く、飲食を設けたり。其の中の己が分の饌(よきくらひもの)を以て、万呂に与へ共に食ふ。その後夜にして男の声有り。万呂に告げて曰はく、「吾を殺せる兄来らむと欲ふが故に、早く去にね」といふ。万侶怪しびて問ふに、答ふらく、「昔、吾兄と行きて交易(あきなひ)しき。吾銀を四十斤許得たり。時に兄妬み忌み、吾を殺して銀を取りき。爾(それ)より以還(このかた)、多の年歳(とし)に、往来する人・畜、皆我が頭を踏みき。大徳慈を垂れたまひ、見に苦を離れしめたまふが故に、汝の恩を忘れず、今宵に報ずらくのみ」といふ。

 

第三段落

時に、その母と長子(あに)と、諸霊を拝せむが為に其の屋の内に入り、万侶を見て驚き畏り、其の到り来れる所以を問ふ。万侶是に前の事を説きき。母、長子を罵りて曰はく、「呼矣、我が愛しき子は汝の為に殺さる。他の賊には非ぬなりけり」といふ。万侶を礼せしめ、更に飲食を設く。万侶還り来りて、然るままに師に白す。夫れ、死霊・白骨すら尚猶し此くの如し。何に況や、生ける人、豈恩を忘れむや。

 

 

 

現代語訳

第一段落

高麗の学僧であった道登は、元興寺の僧であった。彼は山背の恵満の家の出身であった。さる大化二年に、宇治橋を作ろうと現場と寺を行き来した時に、髑髏が奈良山の谷間にあり、人や獣に踏まれていた。法師はこれを悲しんで、従者の万侶に髑髏を木の上に置かせた。

 

第二段落

同じ年の十二月の大晦日の夕方になって、人が寺の門にやってきて、「道登大徳の従者である万侶という方に会いたい」といった。万侶は出て会った。その人が語って言うことには、「道登大徳のご慈悲を頂き、このごろは心が安らかな毎日を送っている。しかし、今夜でなければその恩に報いることができないのだ」と言った。

その人は万侶を連れてある家に行って、門が閉じているのに中へ入っていった。そこには多くの供え物があった。彼はその自分への供え物を万侶に分けて一緒に食べた。

夜になって、男の声がした。万侶に告げて言うことには「わたしを殺した兄が来ると思うので早く帰ろう」と言った。万侶は不思議に思って尋ねると、彼はこういった。「わたしは昔、兄と商売をしに行った。わたしは銀を四十斤ほど手に入れた。すると兄は私を殺して銀を盗んだのだ。それよりこのかた、長い年月の間、人も獣も私の遺骨の頭を踏んでいった。そんな中大徳がご慈悲をかけてくださり、私の苦しみは解放されたので、あなたへの恩を忘れず、今宵恩返しをさせていただいたのだ」といった。

 

 

第三段落

その時、彼の母と兄が、先祖を拝むためにその部屋の中に入ってきて万侶の姿をみて驚いた。そして事のいきさつを万侶に尋ねた。彼はここまでに聞いたことを母と兄に説明した。母は兄を罵って「ああ、私の愛しい息子はお前にころされたのか。ほかの賊ではなかったのだ」といった。そして母は万侶に敬意を表し、ごちそうまで用意した。

万侶は帰ってきて、事のいきさつをあった通りに道登大徳に話した。死霊や骨ですらこのようなのだ。どうして人間が恩を忘れることがあるだろうか、いやそんなことは決してない。

 

「此くの如し」という言葉が最後に出てきました。この指示語が指している内容は何でしょうか。ここでいう死霊・白骨というのはもちろん、万侶が助けた髑髏のことです。彼は助けてくれた万侶に恩返しをしています。なのでここでは「恩を忘れずに返すこと」が指示内容であると考えることができます。そのあとの「豈恩を忘れむや」のところからも、この解釈は妥当だといえますね。

 

 

 

解説

本話は恩返しがテーマとなっていました。

 

道端で誰にも気づかれずに踏まれ続けていた髑髏を救った万侶(命じたのは道登)に対して、髑髏の生前の霊が恩返しをします。

 

今回のお話がおもしろいのは、髑髏の恩返しは万侶に対する恩返しでもあったが、母親に対する恩返しもあったのではないか、と考えられる点です

 

「我が愛しき息子」という表現からも、母親は愛情を以て生前の髑髏に接していたと想像できます。

 

そして彼女は、髑髏の死の真相を知りません。

「賊」という言葉からも、どこかの犯罪に巻き込まれたと思い込んでいたのでしょう。

おそらく犯人である兄に、あることないこと吹き込まれたのだと思われます。

 

そんな母親に、髑髏は万侶の「生きている」という力を借りて真相を告げます。

これによって母親は真実を知ることに。

 

その後万侶が饗応を受けているところからも、母親が「真相を知ることができたこと」を喜び、万侶に感謝していることがわかりますね。

 

髑髏側の後日談は描かれていませんが、おそらく母親は犯人である兄を勘当なりして罰を与えたと考えられるでしょう。

 

そう考えると、真相を伝えるということは、髑髏にとって母親への恩返しに値すると思われるのです。

 

ここ直近の数話は特に「現報」というキーワードが重視されていますが、それと同じくらい「家族の縁」というものもフォーカスを当てられています。

 

この十二話に「現報」だけでなく「家族の縁」というキーワードを見出すことは、本話の収録位置的にも妥当であると考えています。

 

 

これはあまり注釈書には載っていない独自の解釈なので、御意見等ありましたらコメント欄におねがいします!

 

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日本霊異記 上巻 幼き時より網を用ちて魚を捕りて、現に悪報を得し縁 第十一

みなさんこんにちは!文です。

 

今日はなんだかうっとうしい天気ですね。

じめじめしていて何となく気持ち悪いです。

 

さて、本日は第十一話を読んでいきます。

とっても短い説話なので読みやすいと思いますよ!

 

今回も「悪報」という言葉がタイトルにみえますね。

いったいどのような報いがあったのか、どのような経緯でそれを受けたのか、に着目して読んでいきましょう!

 

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日本霊異記はこちらから! 

 

 

ayanohakotonoha.hatenablog.com

 ↑前回のお話はこちらから!

 

 

本文

第一段落

幡磨国餝磨(しかまの)郡の濃於(のお)寺にして、京の元興寺の沙門慈応大徳、檀越(だにをち)の請に因りて夏安居し、法花経を講じき。

 

第二段落

時に寺の辺に漁夫(いをとりのをのこ)有りき。幼きときより長(ひととな)るに迄(いた)るまで、網を以て業とせり。後時に、家の内の桑の林の中に匍匐(はらば)ひ、声を揚げ、叫び号(おわ)びて曰はく、「炎火(ほのほ)身に迫れり」といふ。親属救はむとすれば、其の人に唱ひて、「我に近づくこと莫れ。我頓に焼けむ」と言ふ。時に、其の親、寺に詣で、行者を請け求めき。行者咒(じゆ)する。時に、良久にありて乃ち免る。其の著(き)たる袴焼けたり。漁夫、悚ぢ慄る。濃於寺に詣り、大衆の中にして罪を懺(く)い、心を改め、衣服等を施して経を誦せしむ。竟に此れより以後、復、悪を行はず。

 

第三段落

顔氏家訓に云へるが如し。「昔、江陵の劉氏、鱓(なかて)の羹を売るを以て業とす。後に一児を生むに、頭具に是れ鱓なり。頸より以下は方に人の身と為る」と者へるは、其れ斯れ謂ふなり。

 

 

現代語訳

第一段落

幡磨国餝磨郡にある濃於寺で、都の元興寺の僧である慈応大徳が、檀家の者の要請によって夏安居を行い、法華経の講義をした。

 

夏安居」という耳慣れない言葉が出てきました。これは仏教用語の一つで「夏に僧が一つの場所に籠って修行をすること」です。仏教的に深い意味のある言葉ですが、今はあまり関係がないのでこのまま読み進めましょう。

慈応大徳は、夏安居をする傍らで法華経の講義にも励みます。

 

第二段落

その頃、寺の近くに漁師がいた。幼い時から大人になるに至るまで、網で魚を捕ることを生業としていた。

後のある時、漁師は家の中の桑林のなかを這いつくばって、声をあげ、「炎が迫ってくるのだ」と叫んでいた。親族の者が助けようとすると、漁師はその者に向かって「私に近づいてはいけない。今にも焼け死んでしまいそうだ」と言う。そこで親は寺に参拝し、夏安居中の慈応大徳を求めた。僧が経文を唱えると、少し経ってようやく漁師は火から逃れた。彼の着ていた袴は焼けていた。漁師は恐れおののいた。

そこで濃於寺に参拝し夏安居中の僧侶の中に交ざって、罪を悔い、心を改めて衣服を納めて経を読んでもらった。これより以後、彼は悪を行わなかった。

 

第一段落で主人公かと思われた慈応大徳はサブキャラでした。本当の主人公は、この漁師ですね。漁師が悪報を受ける、いわば罪人として描かれています。彼がどのような罪を犯したのかわかりますか?

 

第三段落

『顔氏家訓』にはこのように記されている。

「昔、江陵の劉氏は、ウナギの吸い物を売るということを生業にしていた。後に彼に子どもが生まれたが、頭がどうみてもウナギの形をしていた。首から下は人間の者であったという」

まさに漁師の話と同じであり、これこれをいうのである

 

第二段落の話を強化するために引用された、江陵の劉氏の話が印象的です。これによって、漁師の罪がはっきりとしてきますね。

要するに、漁師として魚を捕っていた(=殺していた)ことが殺生罪であるということなのです。仏教では、生きとし生けるものは全て平等であるのでその命を奪うと殺生になります。なので漁師は報いを受けて炎に襲われたのですね。

また、この話の最後は「これこれをいうのである」と非常に曖昧な締め方をされています。指示語ばっかりでなんのこっちゃわからないですね(笑)。

この解釈は話の流れをしっかりと追うことができていれば難しくありません。二つのエピソードに共通しているのは、生き物を殺すと罰を受ける、ということです。なので「殺生は罪であるということをいうのである」と解釈すると良いでしょう。

 

 

まとめ

いかがでしたか?

 

よくまとまったお話でしたね。地獄の炎に焼かれそうになる描写は、文章のみながら迫力満点で思わず身震いしてしまいそうになります。

 

このお話では殺生の罪について描かれていました。今回は悪報という形で罪を説いていましたが、別の方法で説かれる説話もありますので他の説話も是非読んでみてください!

 

また本話は、結びが「其れ斯れ謂ふなり」と非常に曖昧でした。今回は二つのエピソードを比べて共通のメッセージを探る、ということをやりましたが、このような考え方は古文読解で非常に役立ちます。

古文は指示語のオンパレードで、非常に伝わりずらい書き方がされているものが多くあります。そんな時は冷静に話を読み進め、指示語が指しているものが何なのか、きっちりと押さえていきましょう。

 

 

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