説話徹底解説ブログ

「話の内容が分からないから古文はつまらない」そう思って投げだした経験はありませんか? 当ブログではそのような方のために説話の内容を簡単に、かつ明確に解説していきます。日本の原点である当時の説話文学を読んで、古典の世界に浸かってみませんか?

日本霊異記 上巻 狐を妻として子を生ましめし縁 第二

みなさんこんにちは!文です。

昨日はやることが多くて更新ができませんでした。

 

さて、前回から『日本霊異記』の説話パートを紹介しています。

第一話は雷神を捕まえるという面白いお話でしたね。

 

今回も負けず劣らず面白いので、楽しんで読んでいきましょう!

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①昔、欽明天皇是は磯城嶋の金刺の宮に国食(くにを)しし、天国押開広庭の命ぞ。御世に、三乃国大乃郡(みののくにおほののこほり)の人、妻とすべき好き嬢(をみな)を覓めて路を乗りて行きき。時に曠野の中にして姝(おるは)しき女遇へり。其の女、壮に媚び馴き、壮睇(めかりう)つ。言はく「何に行く稚ぞ」といふ。答ふらく、「能き縁を覓めむとして行く女なり」といふ。壮も亦語りて言はく、「我が妻と成らむや」といふ。女、「聴かむ」と答へ言ひて、「即ち家に将て交通ぎて相住みき。

②此頃、懐任(はらみ)て一の男子を生みき、時に其の家の犬、十二月の十五日に子を生みき。彼の犬の子、家室に向ふ毎に、期尅(いのご)ひ睚(にら)み眥(はにか)み嘷吠(ほ)ゆ。家室脅え惶(おそ)りて、家長に、「此の犬を打ち殺せ」と告ぐ。然あれども、患へ告げて猶し殺さず。二月三月の頃に、設けし年米を舂(つ)きし時に、其の家室、稲舂女等に間食を充てむとして碓屋(からうすや)に入りき。即ち彼の犬、家屋を咋はむとして追ひて吠ゆ。即ち驚き澡(お)ぢ恐り、野干(きつね)と成りて籠の上に登りて居り。

③家長見て言はく、「汝と我との中に子を相生めるが故に、吾は忘れじ。毎に来りて相寐よ」といひて、故、夫の語を誦(おぼ)えて来り寐き。故に、名は支都禰(きつね)と為ふ。時に、彼の妻、紅の襽染(すそぞめ)の裳今の桃花の裳を云ふ。を著て窃窕(さ)びて裳襽を引きつつ逝く。夫、去にし容(かほ)を視て、恋ひて歌ひて曰はく、

  恋は皆我が上に落ちぬたまかぎるはろかにみえて去にし子ゆゑに

といふ。故に、其の相生ましめし子の名を岐都禰(きつね)と号く。亦、其の子の姓を狐の直(あたへ)と負す。是の人強くして力多有りき。走ることの疾きこと鳥の飛ぶが如し。三乃国の狐の直等が根本是れなり。

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①設定として、欽明天皇の治代のお話です。今回は「三乃国大乃郡の人」が主人公ですね。だいたい「人」というと男性が多い印象ですね。女性の場合は「女」と明記されていることが多いです。

この人は、女性を求めて歩いていました。要するにナンパです。すると、「姝しき女」と出会います。美しい女ですね。説話では基本的にきれいな女性がたくさん出てきます。

さて、余談は置いておいて、ナンパ目的の男は当然声を掛けます。すると女は、「良い縁を求めて歩いている」と答えます。なんと男と目的が一緒だったのですね。これには男も大興奮、「私の妻になりませんか」と尋ねます。女は「聴かむ」と答えます。その後結婚していることからもわかるように、これは「わかりました」という意味です。

 *聞く=承知する

すぐに家に行って結婚します。当時の結婚というのは、男女の契りを結ぶことですね。当時は女性の顔を見る=結婚という常識がありました。

 

②すると女はしばらくして妊娠し、一人の男の子を産みます。それと同時に、男の家にいた犬も子犬を生みます。この子犬は、事あるごとに女に吠えます。今も犬が怪しい人に吠えまくる、といったことがあるようですね。動物は人間より嗅覚が優れているようです。ここで「犬」が選ばれているのは動物の中でも特に嗅覚が優れているからかと想像されます。

女は当然怯えて、夫に「犬を殺してほしい」と言います。しかし男も犬が可愛いため、殺しません。

二月、三月の頃、女が米つき女たち(アルバイト)に間食を出すために小屋に入っていくと、犬が女に噛みつこうとします。すると驚き恐がり、女は「野干」になってしまうのです。つまり男が妻として慕っていたのは人間ではなかったのですね。

 

③男は狐になった妻を見てこう言います。「お前と私の間には子どもがいる中なので、私はお前を忘れない。普段から家に来て一緒に寝ようではないか」普通慕っていた人間が人外なら、恐怖したり拒絶したりしますよね。それなのに男は逆に受け入れます。いい旦那さんですね。

その言葉に従い、狐は男のもとに通っていたようです。そこから「支都禰」(来つ寝=キツネ)と名付けた。その動物に「キツネ」という名前が与えられた理由譚だったということですね。

そして狐は去っていきます。これを受けて男は歌を詠みます。

  恋は皆我が上に落ちぬたまかぎるはろかにみえて去にし子ゆゑに

「たまかぎる」は「はろか」にかかる枕詞なので無視して大丈夫です。

恋は皆我が上に落ちぬ」というのは直訳すれば「恋が全て私の身の上に落ちてきた」となります。『日本国語大辞典』の語誌によると、「恋」という言葉には「目の前にない対象を求め慕う心情をいうが、その気持の裏側には、求める対象と共にいなことの悲しさや一人でいる子との寂しさがある」のです。つまり「女に会えなくてこの上なく寂しい」ということですね。

はろかにみえて去にし子ゆゑに」は「はるか遠くに去ってしまった女のせいだ」という意味で、女のことを強調しています。「はろか」は「遥か」で隔たりがあることを指します。

 

男は寂しさのあまり、女との間にできた子どもに「キツネ」と名付けました。そして姓を「狐の直」としたのです。この子は力も強く、走るのも鳥のように速かったとのことです。(通常、異類との婚姻によって生まれた子は異類の血を引いているため、人間離れした能力を有していることが多いです。)

 

 

いかがでしたでしょうか。知らずの内に狐と結婚した男の話でした。

異類婚姻譚」と呼ばれるもので、たくさんの類話があります。もちろん狐に限らず蛇などと婚姻する話もありますね。このような話に対する研究は多いので、興味のある人は論文検索サイトのCiNii(https://ci.nii.ac.jp/などで検索してみると面白いです。

 

ci.nii.ac.jp

↑CiNiiはこちらからもどうぞ

 

説話の世界では、異類は非常に妖艶・端麗な人間に変身しています。このような異類は人間から疎まれる存在であることが多いのですが、今回は一味違う、男のやさしさ・人間味が色濃く表れたお話でした。

日本人らしい話だなと思うのは私だけでしょうか?

 

今回はここまでです!それではまた次回お会いしましょう。